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​高森登志夫  風景

​モダニズムから自然へ

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© Copyright

​風景  芽吹く森     60.6 × 181.6

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2025年10月14日~24日   木ノ葉画廊







 

​風景 梨沢 冬   20M

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​風景 保田 晩秋    10P

​2016年5月4日~5月10日 日本橋三越本店

​光 大気 大地 2016

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​風景 梨沢 冬 100p

 私はモダニズム志向の中で、身体と空間の関係を主題にした作品を描いていたが、

およそ30年前自己のうちの自然的なものの力によって、モダニズム志向から離れた。

93年、私は身近な自然を主題にして風景を描き始めた。

私は幾度となく超越的とも言うべき風景に出会い突き動かされ、描き続けている。 

風景は自分がこの地上に存在している「地上の風景」という意味を持つようになった。

​そして今、私はこの地上に条件づけられ限定されて生きているのだと考えている。

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​2013年3月27日~4月2日  日本橋三越本店

​光 大気 大地  2013

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​風景 道志 5月  100P

植物は光を感知し、温度を感知して、

均衡を保つ精妙な世界を形成しているように見える。

では植物にとっての世界とは、どのようなものだろう。

1993年以来、私は自然を主題にして風景を描いてきた。

風景は自明な対象としてではなく、見ることの「関係」のうちにある。

風景は刻刻と変化し、時としてピークとも言うべき姿が現れる。

この体験によって、私は風景の中に計り知れないものを感じている。

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​2009年12月2日~8日 日本橋三越本店
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​風景 道志 夕  100×200

私は自然を主題にして風景を描いてきた。

風景に向き合うことで、私は自然を体感している。

自然は複雑で多様であり、豊かで、計り知れない。

風景は私の想像をはるかに超え、イメージに収まることはない。

風景は迷宮だと思う。

私はこの地上の風景に魅了され続けている。

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2005年5月10日~16日 日本橋三越本店

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風景 高宕山  100p

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​1974年紀伊国屋画廊で第1回個展を開いて以来、約10年間、私は「身体と空間の関係」を
主題にした作品を、筆触を消したモノクロームで描いていました。その舞台は室内や
都市空間でした。
一方で1980年に植物の絵本を描いて以来、野山を歩く機会ができ。少しづつ自然に対する
経験が蓄積されていきました。このころ公害の問題がニュースで盛んに取り上げられていて、
このことは強い印象となって残りました。84年内的な変化によって起きた強い力によって、
私はモノクロームの作品に終止符を打ちました。
​その後数年にわたって、樹木や風といった自然的なものを主題にした作品を試みていました。

93年2月、大福山から何層にも重なる山並みと、固有の色彩を持つ無数の樹木を見、私は
初めて風景の複雑さと豊かさを実感しました。
それは風景の上を通り過ぎていた視線が、風景に達し、風景が自分の中に入ってくると
言えるような経験でした。
以後房総半島を縦横に走りながら描き続け、その中で幾度となく、超越的ともいえる風景、
静謐さの中に 圧倒的な充溢をたたえた風景に出会ってきました。
この経験によって自然は、私の中の「基準」となりました。

この間に、いくつもの谷がゴミで埋め尽くされ、無残に自然が破壊されていくさまを見てきました。
これは房総の水源地域で今なお進行中です。
30数年前PCBやカドミウムなどの公害問題として現れてきた問題は、いまや地球全体の
環境問題となり、ここ数年の気候は何かがおかしいと実感できるようにまでなってきました。
我々は何処に向かっているのか、という根本的な問題があるのだと思います。


数年前から房総のほかに、道志、熊野、屋久島などを見てきましたが、それは始まったばかりであり。まだ描くに至っていない多くの風景のイメージが存在しています。
また風景は見るたびに新しく、そのイメージは更新されます。
私は今、「自然」を最も根源的なものだと考えています。      

 

2002年 2月19日~25日   日本橋三越本店

​循環する風景
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​再生する森     80M

風景はなんと多様な表情を見せることだろうう。

一つの場所がただ複雑で単純な表情から、時には何かとてつもないものの

表れとしか言いようのない想像を超えた風景へと変貌する。

過去から現在を超えて未来へと続いていくであろう自然。

見ることのうちにすべてがあると思える瞬間がある。

​私は絵画によって、そういうものに迫りたいと思っています。

​2000年 木ノ葉画廊個展
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樹木 大気 光

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​風景 怒田 秋日    120p

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​1999年 日本橋三越本店
​原風景 房総
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樹影   20F

20世紀の急激な技術革新がもたらした大量消費社会は、百年を待たずして、様々な破綻が露呈してしまった。

今や房総の中央部までそのしわ寄せが迫っている。

我々は何処に向かっているのだろう。今世紀の最も支配的だった思想は、自然を細分化し、変形し、作り変えようとしたが、自然は人間に征服されつくすことは決してないだろう。

どこか周辺的なところに追いやられてしまった自然、細分化されず身体的に感知できる全体としての自然に、我々は再び向き合わねばならないと思う。

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1997年   日本橋三越三人展
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​風景        60.6 × 141.1

エアブラッシを使って、モノクロームの絵を描いていた1994年ごろまで、私のテーマは自分を取り巻く空間を表現することで、その舞台は人工的な都市空間でした。

​今、私は自分を含んだ全体としての自然をテーマにしてゆきたいと考えています。

2021.9.13

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